築200年400㎡の古民家が高付加価値一棟貸しヴィラに生まれ変わる
キュレーションホテル 富士河口湖 岳麓翠苑
「岳麓翠苑」は国の登録有形文化財です
岳麓翠苑は、英国を代表するインテリアデザイン誌『Design et al』の「LIVING SPACE – ASIA PACIFIC 2023」を受賞しました!
富士河口湖地域の文化を500年に渡り代々受け継ぐ旧家 井出一族。
岳麓翠苑は、この地域では「井出新宅」と呼ばれ、登録有形文化財の母屋と、町の文化財指定を受ける長屋門を従え、通りから見るその格式ある景色がこの地の伝統建築のシンボルとして親しまれてきました。
造り酒屋を営む井出本家から分家し、井出新宅が建造されてから200余年、歴史的な建築様式が深く刻まれたこの家は大切に守られてきましたが、しかしメンテナンスだけでは難しい大規模修繕の時期を迎えていました。
ご当主の井出氏は、この地のリゾート文化を創生した富士レークホテルの3代目オーナーであり、また山梨県初の博物館「富士博物館」(現在休館中)のオーナーとして、地域の文化振興を担う立場にあり、この美しい伝統建築を100年後でも維持できる最良の方法を模索し続けてきました。
そこで出会ったのが第2キュレーションホテル須藤水園。
実際に宿泊し高付加価値一棟貸し古民家の可能性を実感され、ホテルマネジメントコンサルタント澤山に井出新宅の未来についてご相談いただいたことで、新たなストーリーがはじまりました。
「築200年文化財古民家と門の修復 + 一棟貸し高付加価値ヴィラ創出のための大改修」、この2つの命題を掲げ挑んだ2年にわたる改修プロジェクトには、この家に刻まれた歴史の深さを反映するように、数多くのストーリーがありました。 それらを織り交ぜてプロジェクトの全容をご紹介します。
ホテルマネジメントコンサルティング:キュレーションホテル協会 澤山乃莉子
デザインプロデュース・インテリアデザイン:BABID 澤山乃莉子
建築・技術設計:有限会社若林建築設計事務所 若林直
意匠設計:アトリエ木香 湯下奈津子
施工:株式会社梶原工業所
ソフトファニシング全般コーディネイト・制作:マノワ
デザインコンセプト
デザインインスピレーションは、この建築と庭そのものです。外観にも明確に表れる白漆喰の壁と木部とのモノトーンコントラスト、そして緑グラデーションの対比がただただ美しい。 それは四方を庭に囲まれたこの家の、どの部屋から見た景色にも繰り返されます。 この家のたたずまいを目にしたとき、それ以上のものは何も必要ないと感じ、そのままデザインコンセプトとしました。
空間プランニング
- オレンジで示したエリアは、LDK並びに洗面浴室など、宿泊施設ではパブリックエリアとなる部分で、スケルトン改装と浴室増築が行われました。
- またグリーンで示すエリアは寝室3室とそれに付帯する水回りを擁するプライベートエリアで、スケルトン改装が行われました。
- ブルーで示すエリアは、登録有形文化財としての修復と住宅の機能向上を行ったエリアです。(このほかにアネックスとしてオーナーの居住部分がありますが、今回は改修の対象ではありませんでした。)
住宅性能の向上
古民家であるからといって、居住性能が悪くては、やはり宿泊施設としての顧客満足度を下げてしまいます。まず、今までの古民家改修キュレーションホテル同様、以下の基本的な性能向上を行いました。
- 耐震改修 : 山梨県の耐震基準をクリアーする耐震改修を、耐震壁と金物の追加、柱の補強などにより行いました。
- レベル改修 : 移築以来おそらく一度も行われていなかったレベル調整を行いました。
- 木質改修 : 白アリなどの被害で弱り強度に問題がある木材などを全交換しました。
- 断熱改修 : すべての壁、2階天井、1階床下に断熱材を敷設しました。またすべての窓を2重ガラスのサッシに交換し、断熱性能を高めました。
- 暖房性能 : 多くのエリアで床暖房を施し、-10°にも達する冬の寒さ対策を行いました。
- 自然素材 : まず、オリジナルの柱や梁はできる限り残し、やむおえず撤去した木材はあらゆる場でアップサイクル活用し、壁は傷んだ部分を修復し室内・外壁とも美しい白漆喰で仕上げました。
- 足にやさしく : 多くのエリアで畳を導入し、足触りを高めるとともに、スリッパフリー空間を達成しました。
これら性能向上対策ならびに自然素材にこだわった結果、厳しい冬でもシャツ1枚、靴下1枚で過ごせ、手に触れる素材はほぼ自然素材となる快適な空間を達成しました。
左:耐震改修図面
右:傷んだ古材を交換し、レベルを調整する作業が熟練の大工により1か月以上に渡り続いた
リビング・ダイニング・キッチン (パブリックスペース)
もともと建具と壁で3部屋と縁側に区切られていた空間をLDKに再構成。LD部分は吹き抜けとし、2階には回廊をぐるりと回した最大高さ7メートルにもなる大空間を達成しました。
ビフォー ⇒ アフター図面
ビフォー写真 ⇒ 改装中写真
リビングダイニング
LDKがつながり、LD部分が吹き抜けになったことで空間が広がり、オリジナルの梁や柱のリズム感と共に圧倒的なビューを持つ、もてなしのための空間が完成しました。
また、この空間ではアートが大きな役割を果たします。基本的にはこの家で見つかったアートを修復・額装し、現代アーティストがこの空間のために制作したアートとフュージョンさせることで、ダイナミックな空間に華やかさが加わりました。
まず目を引くのが、リビングで視線を高く吹き抜けへといざなう鉄の造形作家上野玄起氏のアンティークゴールドの照明アート。この空間ではダイニングの照明やアンティーク箪笥と合わせて同じモチーフを持つ3つの作品で空間を繋ぐ役割を果たします。 また、L型ソファの後ろに見えるのは襖絵。もともとは地袋の春夏秋冬の歳時記を描く襖絵を修復し、ソファに合わせてL字に配することで、フォーカルポイントを作りました。 吹き抜けの2階廊下に見えるのは、金と緑のコントラストが圧倒的な源氏物語の屏風。ダイニングテーブル向こうの床の間に見えるのは富士講の浮世絵を額装したもの。 黒白+緑のベースカラーの中に、アートが織り成す金のエレメントが加わり、この空間の華やかさの演出に大いに貢献しています。この金や木の色がないと想像してみてください。きっとこの空間は重厚一辺倒な雰囲気だったでしょう。 また、空間にはレイヤーがあることで奥行き感や期待感を演出できますが、ここではいくつものレイヤーを経て奥のオリジナルの大型障子に到達します。この演出のために、障子裏に空間を空け、照明を仕込みました。
家具はソファがリッツウェルのライトフィールド、40年来のマレンコチェアは新たにカバーを作り、ダイニングチェアはカリモクRen、ダイニングテーブルとコーヒーテーブルはきこりの久米さんの間伐材と大工によるもの、黒漆のチェストは代々伝わるアンティークです。 ファブリックは織物産地富士吉田の武藤織物さんとマノワさんと共に開発したオリジナルファブリック。生地の風合い、縦横の糸の配色とバランスに試作を重ね、一からこの空間のために制作し(マノワ取扱)、ソファのベース、ダイニングチェア、カウンタースツール、ベッドサッシュやクッション、椅子の張地に展開しました。
8人掛けの大型のダイニングテーブルにしつらえたのは、富士レークホテルからのケータリング弁当ボックス。サービスや食事提供は富士レークホテルとのコラボレーションが行われ、一棟貸しにおいても、質の高いホテルのサービスを受けることができます。 黒漆と金具が印象的な和箪笥は、この地方で古くからアートとして珍重された富士姿石と鉄のアートと共にフォーカルポイントを作ります。
キッチン
キッチンはもともと土間の台所として使われていた空間。高い天井の梁が見事です。オリジナルの大型障子を再編成し内照式としたことで、キッチンに圧倒的なインパクトを与えます。
牡丹の型押しがガラスに施された大きなアンティークのオリジナル照明は、クリーニングと調整でよみがえらせました。キャビネット金具はキュレーションホテルのシグニチャーピース、日本橋の老舗西川商店から。キッチンの奥の表情豊かな緑釉薬のタイルは、多治見の杉浦陶器製。大型アイランドカウンターは間伐材です。
一棟貸しのお客様はシェフをご自分でオーダーすることもできます。寿司シェフを囲んでのプライベートダイニングで楽しむ様子が想像できるようです。
LDKフォトギャラリー
源氏物語屏風の、絵の具の立体感と色鮮やかでなまなましい筆地、人物の表情の豊かさは、見る者にしばし時を忘れさせます。
浴室、洗面
BABIDではすでに定番のスタイルですが、浴室は防水工事を行った湿式在来工法による施工。大型のヒノキ風呂、多治見のモザイクタイル、ヒノキの板壁、そしてヒノキで枠から大工と建具師が制作したドア回り、国産ヒノキの椅子と桶。洗面では間伐材のカウンターに信楽の陶製シンク。 数多く施工してきた浴室からのベストマッチで快適かつ美しい浴室が完成しました。
寝室3室のスケルトン改装
古民家2階でよくみられる天井が比較的低い蚕部屋。2階部分はもともと仕切りのない大空間です。ほぼ全体が物置として使われていました。でもその蓄積の中から、大量の貴重な書物が発見され、今それらは1、2階の書棚で展示されています。古い書籍には興味深い情報が盛りだくさん。何時間でも没入できる、すばらしいエンターテインメントとなりました。 建築においては、まずは大空間にスケルトン化し、これに3つの客室、うち1室はオンスイートシャワーを付帯し、朝の忙しい時間帯でも渋滞せずに使えるようにトイレ・洗面室を2室作りました。 こういった正式な和室の上に乗る水回り施設は、配管ルートに制約が多く難儀でしたが、大工の技術でそれを克服しました。
寝室エリアのインテリアは、下の階の重厚さとは違い、明るい白木やグレージュな和紙畳に、柔らかなグリーンのグラデーションを合わせました。
その理由は、天井が屋根の傾斜最大限に上げても窓際で1.6メートルしか高さが取れず、濃くてコントラストの強い色合いを導入すると、部屋がとても狭く見えてしまうからです。床壁天井の基本部分はできるだけコントラストをやわらげ、国産ヒノキが創り出す枠や巾木・廻り縁のラインが優しいアクセントとなるようにしました。爽やかながら落ち着いた空間でくつろげると、試泊された皆様には大変好評です。 ベッドサッシュやブラインドのファブリックは、傘地専門の富士吉田舟久保織物からの日傘地。先染めのリネン地ならではの風合いと、富士をモチーフとした幾何学文様がこの部屋に軽やかなアクセントを加えます。 座布団は法事用座布団の老舗田辺織物さんのコンテンポラリーシリーズ。ふかふかの座布団はベッドクッションとしても座布団としても重宝する一品です。
また、各部屋の横長のまどからは富士山が望めます。主寝室は朝起きたベッドから、その他のお部屋からは窓辺の座卓が絶好のビューポイントです。
登録有形文化財 修復改装エリア
このエリアは、改修前の見た目とは大きな違いはありません。なぜなら修復が主目的だからです。 しかし居住性能向上のための改修や、もともとなかったエアコンの設置、収納3か所の追加設置に加え、壁の修復と白漆喰による仕上げ、レベル調整に伴う建具全般の調整、障子は県内産の身延和紙を貼り替え、畳も刷新。アートディレクションも加え、往時の輝きを取り戻しました。
玄関
この家には2つの玄関があります。右側は日々の生活のエントランス、左の図面上ウッドデッキとある部分は、籠を着けるための座敷に直結した玄関です。
エントランスで特徴的なのは、圧倒的な古民家建築の美しさ、大きな土間と巨大な開き戸、そして代々伝わる籠と長持ち、そして大きな照明でしょう。いずれも丁寧に積年のホコリや汚れを落とし、再生しました。 花はオーナーでもある富士レークホテルの井出女将が古信楽に活けたもの。この地方特有の細い格子の引き戸を背景に、空間に生き生きとした輝きをもたらします。
玄関の下駄箱上では、鉄の造形作家上野氏による富士の日輪からテーマを得たアート照明と 、鎮座する聖徳太子像が奏でる新旧の融合が、空間にコンテンポラリーな空気感をもたらします。
南側三間続き和室
玄関を入ると左手には三間続きの和室が開けます。 10畳の和室3室と1間の縁側が並び、4組の引き戸のレイヤーと、畳の縁が一点凝視法を強調する景色は圧巻です。さらに新たなしっくい壁と障子の白と柱とのコントラストが、よりビビッドに空間へのメリハリを与えます。
この広くて気持ちいい部屋を独り占めで楽しんでいただくため、ユニークなアイテムも用意しました。ヨギボーは4つ、好きな場所に持って行って、思いっきりの解放感を楽しんでいただけたらと思っています。
ぐるりとまわった縁側も様々な表情を見せてくれます。左は縁側から望む富士山、普段はヨギボーの定位置です。中央は50年以上前の椅子を再生し天袋の襖絵とともにしつらえたコーナー、右の箪笥は歯科医だった富士レークホテルの創始者がホテルで歯科医院を営む中で使用した道具の一部です。 天井の構造から照明を設置できなかった縁側では、地元のガラス作家斎藤ゆう氏と上野玄起氏のコラボによる照明が、コケティッシュな表情でちりばめられています。
板戸と襖には美しい絵画が残されていて、さながら美術館を回遊するようです。
鴨居の上の美術品もそれぞれに興味深い品ばかりです。
奥座敷
奥座敷は驚くようなエクレクティックスタイル(時代の新旧とスタイルを絶妙な塩梅で混ぜ合わせたスタイル)で迎えてくれます。床の間の豪華な唐紙、組子、リスとブドウ、そしてかきつばたの透かし彫り、襖絵、古美術品、家具、これらは代々伝わるものたちですが、それぞれに趣向の異なる様式ながら見事に調和しています。英国ではちょうどビクトリア時代だった頃のしつらえでしょうか。かの地でもヴィクトリアン調とはエクレクティックスタイルを差しますが、はるか遠くの日本で、非常に近い雰囲気のインテリアが同時期に出ていたことは興味深いですね。
古民家が好きで多くの古民家を見てきましたが、こういったしつらえの妙は希少です。 和室なのに洋のゴージャスさを持つ空間で感じる高揚感。ぜひ泊まって体感していただきたいと思います。
興味深い発見
奥座敷では、今回の改修で、大変興味深い発見がありました。
耐震改修工事のために奥座敷と和室の間の壁を開いたところ、大福帳を重ね張りし左官壁の下地としたと思われる和紙が出てきたのです。大福帳とは言え達筆ぶりが伺えます。貴重な歴史資料として残す必要性が生まれました。
そこで、剥離や傷みがある部分は修復し、この貴重な資料を保護しつついつでもご覧いただける仕掛けを作りました。 板戸の後ろは新たに作った耐震壁ですが、板戸と耐震壁の間にスペースを作りアートパネルとして設置したのです。200年前の人々の暮らしを垣間見ることのできる大福帳。織り込まれた多くの情報を一つ一つ紐解くのも楽しいものです。
なお、見つかった2枚のうち1枚は町の教育委員会が調査中。どんな発見があるか楽しみです。
夜景
庭のぐるりが板塀や生垣で囲まれた岳麓翠苑では、夜も気兼ねなくライトアップされた庭を眺めながら過ごすことができます。 一棟貸しヴィラとしてオープン後は、賑やかな笑い声が溢れ、新たな歴史を刻んでいくでしょう。
岳麓翠苑は6月にウェブロンチ、8月に予約が始まり、9月には正式オープンを迎えます。それまでの間、ここで過ごす時間が素晴らしいものになるよう、滞在パッケージやアクティビティの充実を目指し、様々な取り組みが行われます。 改修は完成時が新たな物語の始まり。 特別な時を提供する高付加価値化宿泊施設としてのデビューを、心から楽しみにしたいと思います。
ホテルについてのお問い合わせ先
富士レークホテル https://www.fujilake.co.jp/
フォトグラファー紹介
デザイナー&デザインプロデューサー紹介
澤山 乃莉子
BABID代表理事 インテリアデザインプロデューサー、インテリアデザイナー
一般社団法人 キュレーションホテル協会 代表理事
インテリアデザインカレッジ「澤山塾」主宰
本プロジェクトではプロデュース&デザインを担当。
明治大学で地理学、学芸員を修め、日本航空国際線CA、ホテル西洋銀座開設準備室から10年にわたるホテルマネジメントコンサルタントを経て1995年渡英。 インテリアデザイン、ソフトファニシング、ロンドン大学建築学科大学院で照明学、サザビーズでアートビジネスなどを学び、2001年にロンドンでデザインオフィスを起業。2017年まではロンドンで、住宅、商業施設、家具デザインなどを手掛け、それ以降は日本でデザインプロデュースを中心に活動。
「BIID Merit Award 2016」「英国商業会議所起業家賞2018」等、日英でのデザイン並びにビジネス部門での受賞やメディア掲載も多数。
プロ向け欧州トレンドレポート・デザイン塾主宰など、執筆、教育、講演分野でも活躍。
紹介&施工事例へ
湯下 奈津子
一級建築士事務所アトリエ木香代表
本プロジェクトでは、意匠設計を担当
明治大学経営学部卒業後、近鉄ホーム建設へ営業として就職。3年の経験を経て設計部へ転属し、主に住宅の企画から注文住宅の設計を現場通して本格的に学ぶ。2004年よりヨーロッパ建築スタイルを得意とするボッテガベルタ設計事務所にて美しさにこだわる住宅デザインの実施設計を担当、2012年よりアトリエサラ設計事務所にて女性目線の住まいやすさにこだわる住宅設計デザインを設計施工監理まで担当。二つの異なるスタイルの設計経験を経て一級建築士事務
所アトリエ木香設立。2019年英国ロンドンにてインテリアデザインスクールにてディプロマを取得、インテリアも重視した室内からも考えられた美しい住宅設計に取り組んでいる。
紹介&施工事例へ(BIIDサイト)
渡邊弓枝(BABID)FF&E発注 プロジェクト予算管理
倉石麻代(BABID)プロジェクトアドミン、アメニティデザイン、マーケッティングツール担当